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うちゅうじゅんこうしん

地球で生きづらい27歳うちゅう女子の交信ツール

過去の自分と今の自分

とある映画を観てきた
期待以上でして
今までにないくらい心を打たれました
涙何回も溢れまして
うぅってなって辛くて
でも涙流せてスッキリして

やっぱり世間的には
離婚して子どもがばぁちゃんと一緒だと
複雑だと思うのだろうか

私は家族と向き合ってこなかった
逃げていたし
関わりたくなかった
何より怖かった
いなくなることが特に

ばぁちゃんがいなくなること
ひとりになること

この気持ちをわかってもらえないし
言おうともしなかった

でも言ったら言ったでスッキリするのかな

思い荷物はみんなで持てばいいのかもしれない

高校生の映画の世界
自分と重ね合わせてた

みんなお母さんに弁当作ってもらうのか
自分で作る子もいるけど

私はばぁちゃんが作ってくれた
キウイが好きだった
デザートにキウイをいれてくれた 
高二まで毎日作ってくれた
途中腰痛がひどくなって中断した
その腰痛も私の湯タンポが原因で
二階の部屋から湯タンポをとってきて
階段をふみはずしたんだ

私は
がんばって良い孫を演じていた
ばぁちゃんも親代わりになっていたつもりだった
相互依存だった
結局孫は孫でばぁちゃんはばぁちゃんで
親子にはなれないのに
いつか離ればなれになるとわかっていたのに

くそばばあとくそまごだった
本音で向き合ったことなんかなかった
お互いに気を使ったし
お互いの幸せは違った
なにせ歳も違いすぎるんだから

ばぁちゃんが向き合ってくれたときに
どうして話せなかったんだろう
ばぁちゃんを傷つけたくなかった
いつまでも良い孫でいたかった
見捨てられたくなかった


今はもう
向き合えないのかもしれない
いつの間にか私のことわからないんだ
どうして
あんなに一緒にいたのに
親代わりだったのに
なんで大切な一人だけの女の子の孫の存在を
忘れるんだよ

我慢してた
しょうがないって
病気だからって
でもほんとはかなしかった
むかついた
おこってた
おもいだしてほしかった

無理なのかな

ばぁちゃんは生きてるけど
私の知っている人じゃないんだ
誰なんだろう

残された時間はわずかかもしれない
だから悔いのないように
過ごして


ばぁちゃんにとっても
私にとっても

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うちゅうじゅん